2024年11月24日(日)は倉橋を「街あるき」しました。
今回は、「海から辿る黙霖旅立ちの地・倉橋の魅力再発見ツアー」として、黙霖生誕二百年記念事業実行委員会とのコラボ企画でした。
呉中央桟橋から倉橋まで、船をチャーターして、いざ倉橋へ。
行きは倉橋島を早瀬大橋をくぐる西廻りで航海し、帰りは東廻りで、亀ヶ首試場跡や終戦間際に爆撃を受けた軍艦日向の沈没箇所を海から見るなど、異なる海からの景色が楽しめます。
行きは倉橋島を早瀬大橋をくぐる西廻りで航海し、帰りは東廻りで、亀ヶ首試場跡や終戦間際に爆撃を受けた軍艦日向の沈没箇所を海から見るなど、異なる海からの景色が楽しめます。
倉橋行きの船は出ていないので、こういう特別企画でしか見られない景色が楽しみです。
倉橋の歴史は万葉の里と言われるように、古くから栄えていました。
今回はさらに、幕末の思想家「宇都宮黙霖」さんの足跡を辿りながら歩きました⸒⸒
”宇都宮黙霖”さんは、幕末の日本で「勤王の志士」と交わり、大きな影響を与えた偉人です。
黙霖は、浪華(大阪市付近の古称)など全国に旅立つ前に、必ず倉橋にある「西蓮寺」に立ち寄っています。
船の中でも、マイクをもって詳しい説明をする竹本さん。
倉橋に着くと、倉橋まちづくりセンターの館長の道岡尚生さんが出迎えてくれました。
宇都宮黙霖さんにまつわる掛け軸や史料の展示や説明など、熱心に説明。
関連の資料がこんなにたくさん残っていること、そしてここに揃っていることも驚き!
宇都宮黙霖さんにまつわる掛け軸や史料の展示や説明など、熱心に説明。
関連の資料がこんなにたくさん残っていること、そしてここに揃っていることも驚き!
黙霖生誕二百年記念事業実行委員会の若本さん。
まだまだ知られざる「黙霖」の足跡について、調べています。
西蓮寺。道の奥にあるので、初めて立ち寄りました。
実に荘厳な建築で、一瞬京都に来たのかな?!と思うような雰囲気。
宇都宮黙霖も、何度も立ち寄っています。
実に荘厳な建築で、一瞬京都に来たのかな?!と思うような雰囲気。
宇都宮黙霖も、何度も立ち寄っています。
道岡さん調査では、宇都宮黙凜は十代の早い時期に倉橋を訪れ、西蓮寺の仰景師に出会いました。徳が深く、文芸においても中心的な役割を担った師に修行見習いをし、大いに知識を深めました。浪華(大阪市付近の古称)へ旅立ちの前の20才の時、これまで教えを受けた仰景師に修学の決心と別れを告げるために、再び倉橋の西蓮寺を訪れたと思われます。
倉橋は、これまで何度も車で行ったり、遊びに行ったりしていますが、路地裏を歩くのは初めて。
本浦の「造船所通り」を歩いてビックリ
大きな屋根や塀、門構えなど、何とまあ、神社やお寺、立派なお屋敷の多い事
日本紀や続日本紀には、遣唐使船が9回建造され、そのうち7回が安芸国で行われたという記述があり、倉橋がその中心的な役割を果していたと考えられます。
その造船で栄えた倉橋の威光を感じながら、路地裏にワクワク
倉橋の立派な古民家は、調べるほどに歴史的に貴重な物がザクザク出てくるそうです。
旧林邸跡(現有居邸)と思われる蔵から,発見された「材木屋」と記された屏風箱も、家屋を整理していた時に発見されたそうです。
桂濱神社にも参拝しました。
砂浜にある見事な鳥居。美しい海がキラキラと輝いて、この景色にも癒されます。
拝殿は、円形の柱や弧状となった船板を使用した床、その接合には断面が四角い船釘が使われてるなど、造船が盛んで船大工が沢山いた技術を窺い知ることができます。
拝殿は、円形の柱や弧状となった船板を使用した床、その接合には断面が四角い船釘が使われてるなど、造船が盛んで船大工が沢山いた技術を窺い知ることができます。
また、本殿は室町時代から残っているそうで国重要文化財にもなっており、当時から残っている相当貴重な建築技術も見所です。倉橋の案内人、道岡さんも熱心に説明してくれました。
海岸沿いにある江戸時代に造られた「桂浜ドック跡」。
倉橋では江戸時代の元文・寛保(1736~1743年)頃に、天然の入江を改良した船渠(ドック)が考案されました。潮の干満を利用して和船を引き上げ、効率的に浸水させる船渠は、当時としては斬新な造船方法でした。
造船の町として栄え、この小さな地域に48の船座(造船所)があったそう。
倉橋では江戸時代の元文・寛保(1736~1743年)頃に、天然の入江を改良した船渠(ドック)が考案されました。潮の干満を利用して和船を引き上げ、効率的に浸水させる船渠は、当時としては斬新な造船方法でした。
造船の町として栄え、この小さな地域に48の船座(造船所)があったそう。
そこで働く船大工や木挽、鍛冶屋など。そして関連する飲食や生活雑貨などのお店が繁盛し、さぞかし賑やかな町だったんですね〜。立派な神社やお寺、お屋敷にも納得です。
今回は「街あるき」の内容をかなり端折りました。
詳細を書いていてると、どんどん長くなるし、伝えきれないので〜。
詳細を書いていてると、どんどん長くなるし、伝えきれないので〜。
というか、倉橋はとうてい一回では紹介できない深さと面白さなのです。
だから、また行きたくなる倉橋のために、この辺で止めておきますね(笑)
*呉近郊の三名楼と倉橋の林氏の六湾楼、宇都宮黙霖さんについても、またの課題にします。
倉橋の底力というか、地元の皆さんが紡いで来た歴史と暮らしの凄さに、ただただ圧倒されました。
倉橋はあらためて素晴らしい所です。
宇都宮黙霖さんの知識と行動力は凄いなぁ〜。
そして、やっぱり海と船は楽しい!と心から思える1日でした。
宇都宮黙霖さんの知識と行動力は凄いなぁ〜。
そして、やっぱり海と船は楽しい!と心から思える1日でした。
「来てみんさい、行ってみんさいや〜倉橋!」
またゆっくり倉橋には訪れたいと思います。
帰りは今回の船を出してくれたバンカーサプライさんのご厚意により、艦船めぐりツアーも急遽追加されました。
我が街「呉」ならではの海上自衛隊の艦船が見られる、全国でもここだけ!の貴重な光景です。
海から見る歴史、景色。先人たちの偉業に、言葉にならない思いが溢れます。
お世話になった皆様、くらはし観光ボランティアガイドのメンバー、ご参加の皆様、有難うございました